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2011年7月10日日曜日

ノスタルジックな夏がやってきた

【今日の一言】
クーラーなんて、無かったぜ。

【今日のもう一言】
本当に持てる男性の話……その3 は明日アップします m(_ _)m



僕が東京にやってきたのは30年以上前のこと。

銀座線は頻繁に車内の明かりが消え、東西線は7両編成が走り、クーラーなんてものはどの路線にもなかった。
かろうじて駅のホームにはクーラーが効いていて、車両の窓を思いっきり開けて冷たい空気を車内に取り入れていた。
JRだってそうだ。当時は国鉄だったかもしれないが、山手線全ての車両に冷房なんて入っていなかった。前後の1両とか2両、あるいは全車両冷房無し。
思えば30年前はこれが当たり前だった。

今回のあまりにも酷い原発事故で、節電を余儀なくされる日本だけど、
思い返せば、夏は暑いんだよ。昔から。
暑いのに執務室(オフィスね)にギンギンにクーラーを効かせて、長袖のシャツにネクタイをして、脇目もふらず働く、というのが、おかしかったんですよ。
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もちろん、復興のためにいつも以上に気合を入れて働かなければならないところもあります。が
ここは暑さにだらけて、早めに仕事を切り上げて、軽くビールでも飲んでみるという、ノスタルジックな夏の過ごし方をしてみてはどうでしょう。
井戸で冷やしたスイカが美味しかったなあ。
入道雲と遊んだ後の麦茶が美味しかったなあ。
海から帰ってそのまま入ったお風呂が気持ちよかったなあ。
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夏は大好きな季節。
夏を好きになったあの頃は、クーラーなんて、無かったぜ。

2011年7月8日金曜日

本当にモテる男性の話……その2 ナンパの天才

【今日の一言】
もう、彼も50歳を超えてるけど、ナンパしてるかなぁ。




前回の記事では、私のモテキの話をしましたが、今日は、本当にモテる男の話、その1です。

僕が以前に勤めていた会社の同僚、それが今回のお話の主人公。

もう25年くらい前の話。
そいつは特に、今で言うところのイケメンではなかったのですが、もてました。
サーファーでしたし。当時のサーファーはナンパが得意だったのですよ。⇐かなり主観が入っているかもしれませんが。

⇓サーフィンといえば、夢のカリフォルニア。

ザ・ママス&ザ・パパス

とにかく本当にナンパがうまかった。軽い関西弁で本当に気軽に声をかけていました。
そして声をかける女子という女子が、彼の腕の中に落ちていきました。

そんな彼が、ついに結婚を決めたのが、桜咲く4月の上旬。
ナンパで口説いたのがその前の歳の12月。4か月で結婚を決めたのです。
帝国ホテルに結婚式と披露宴を10月に予約しました。

ところが、その婚約が破談になったのは8月に入ってからすぐ。
原因は聞いていませんが、彼のナンパグセ……だったのではないでしょうかね。

彼のモテ具合は、自分の婚約を許さないほどでしたのです。
というオチではなく
彼が本領を発揮したのはそれからです。

婚約が破談になったのが8月。結婚式の予定は10月。その間2ヶ月。
普通であれば、帝国ホテルにキャンセルを入れるのでしょうが、彼はそのことをせずに
さらに、気合を入れてナンパを再開。

結局、10月の帝国ホテルで予定通り、結婚式を上げたのでした。
マジですよ。

明日は、もう一人のモテる男の話です。

2011年7月7日木曜日

本当にモテる男性の話……その1

【今日の一言】
その男二人、今はなにしているのでしょうかね?


僕のモテ期は、中学の時。
中学の時は、マジ、すごいモテたんですよ。
アイドル並でした。

当時、大人気だった「あいざき進也」のルックスにどこか被るところがあって(⇐ほんとかよ)、
まあ、そのおかげで僕は、すっごくモテたわけです。
あいざき進也のニックネームはプッチ。僕は、イッチ。(一郎なので……)
僕がテニスコートに立つと、その周辺には女の子がずらりと並びました。
今、考えると笑うしかないですね。はい。

あいざき進也さん ⇓

(ちなみにあいざき進也さんは、今でも活動していらっしゃいますよ。オフィシャルサイトはここをクリック
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僕のモテ期は、その後順調に下降線を辿り、今に至りますが、
一瞬、僕のモテ期が再びピークを迎えることがありました。
それは、妻と結婚した時ですね。

えっと、今日は、僕のモテ期を書くつもりはなく、僕がこれまで知り合った男の中で、2人ほど、すっごくモテるヤツがいました。

この2人のことを紹介しようと思ったのですが、書く時間がなくなりました。

明日書きます。乞うご期待。
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2011年7月6日水曜日

パナソニックのDIGAは4番組同時録画。そんなの必要ないよ、と思っていたら……

【今日の一言】
テレビっ子なんですよ、僕は。

【今日のもう一言】
くだらないこと、書いちゃったよ。


家族とテレビを見ていて、妻が突然笑い出しました。
何がそんなに可笑しいの?と訊くと
「だって、4番組同時録画って宣伝してるけど、どこまでテレビが観たいのかって。」

テレビCMで、滝川クリステルがパナソニックのDIGAは4番組同時録画、とメッセージしていたんですね。

確かに、同時に4番組が見たくなるなんて、どこまでテレビ好きなんだろうと、
僕も
「DIGAよ、そこまでやんなくていいだろう」
と、思っていたのですが
ある週末。

その同時4番組を見たくなってしまったのです。

スカパーで我がサンフレッチェのゲームがあり、ザスパの試合も見たく、それから民放2局とNHKの番組が見たかったのです。

えっ!5番組じゃん。

我が家は引越しを考えていて、テレビ録画デッキもそのついでに買い換えるとしたら
同時5番組以上録画できるところにするもんね。

パナソニック¥ 42,800 (28% OFF)

2011年7月5日火曜日

松本龍復興担当相の辞任に思う。 あの態度はひどい。しかしどうしてマスコミは、松本氏の発言の内容を全く問題にしないのだろう。

【今日の一言】
「何を言うか」「どういうか」だけの問題じゃないんだな、と感じました。

【今日のもう一言】
まともな政治家はいないのか?

【さらに今日のもう一言】
まともな政治家はいないのか? と期待する方がバカなんでしょうね。


松本龍復興担当大臣が辞任しました。まあ皆さんご存知だから詳しく書く必要もないでしょうが、
僕は今回の一連の流れを傍観していてい感じたことがありました。

まず、松本氏はあまりにも態度が悪すぎる。大人同士が公の会談をするときに、あの言葉遣いや上から目線はないでしょう。
自分があのような喋り方をしたら、どのような影響があるか、計算できないような人物は、少なくとも政治家や大臣をやる資格はないでしょう。

しかし、だからといって、松本氏が言ったことを、全否定するのもどうでしょうか?

客が来るのに、それを待たせるのは、いかがなものでしょうか。
村井県知事は大いに反省するべきでしょう。どこかに県知事としての甘えがあるのではないでしょうか。
僕が勤める広告代理店では、お客様を自分の会社にお呼びする時、待たせるなんてことはありえないし、相手に尋ねていくときも、遅刻はありえません。

また、達増拓也岩手県知事の「仮設住宅の要望」に対して、それは県の仕事である、と言い、知恵を出したところには助けるが、出さなかったところには助けない、といったことに関して。
まず、僕がわからないのは、「仮設住宅は県の仕事なのかどうか」。そこを論じているマスコミはどこもない。
もし、そうであれば、松本龍氏は、正しいことをいって、知恵を出して頑張ってくれ、と言いたかったとも解釈できるのです。
まあ、あの失礼な言い方では、それが真意だとしても伝わらないと思いますけどね。
しかし、県がクリエイティブな案を考え、それを実行するために、国に交渉するのは健全な姿で、逆に県が国に、おねだりする、あるいはそのようにしなければならないようなシステムを作ってきた官僚と政治のことを考えると、それほどおかしな言い分ではないと思います。あ、言い方はだめですよ。
そしてくどいようだけど、「仮設住宅は県の仕事」なのかどうか、どうして大新聞社やテレビの報道番組などでは、議論及びアナウンスをしないのでしょうか?
松本龍氏の、人となりだけに話題が集中するのは、不健全だと思います。

ちょっと話が変わりますが、原子力保安院の西山氏の不倫の件も、おかしなことだと思いますよね。不倫と原子力保安院や関わった政治家、電力会社やメーカー、広告代理店などの犯罪と、西山氏の不倫は全く関係ないわけで、マスコミも、西山氏の不倫なんかより、もっと本質のことを暴けよ、と思うのです。

さて、話を戻しますね。

それから村井宮城県知事に対して、被災した漁港を集約する問題に関して、「県でコンセンサスを取れよ、じゃないと国はなにもしないぜ」と言った件に関して。
これは僕はまさに、松本龍の言うとおりだと思うのですね。
商社が独占する可能性がある問題、多くの漁業で生計を立ててきた人たちが反対している問題、問題山積です。ここをしっかりコンセンサスを得てくれ、というのは当然のことであり、ある種の牽制球を松本氏は村井氏に対して投げたのでしょう。

新聞やテレビ局の大マスコミは、松本龍氏の言動ばかりを取り上げて、内容について何の議論もしようとしません。
おかしいでしょう、やっぱりそれは。


結局、松本氏は復興担当大臣を辞任するわけです。

テレビCMを作るときなど、「何を言うか」をはっきりさせて、「どう言うか」を必死で考えます。
松本氏は、「どう言うか」が全く機能せず、「何を言ったか」がまるで届かなかったということですね。
品がない、の一言でしょうか。

ちなみに、7月5日の11時過ぎの時刻で
田原総一朗氏が、自身のツイッターで以下のことをツイートしています。まるまるコピペします。

(ここから)
松本さんが辞任した。松本さんの岩手宮城県知事との会談は大いに問題ありだ。特に言葉遣いが乱暴過ぎた。テレビカメラがある前でこんな乱暴な言い方をするのは自殺行為である。だが僕は松本さんが憤るのはよくわかる。被災地の自治体はもっと具体的に再建計画を進めそして国に具体的に求めるべきである。(最後の句点は僕がつけました)

メディアはその甘えを批判せず、一方的に松本さんを責め立てる。それも4日の時点ではおっかなびっくりでまるで書かない新聞もいくつもあった。そして世論が反松本だとわかると5日に急に大スペースで大批判した。だらしないぞと思う。
(ここまで)

それからひとつ、僕は今回の一連の事で、気づいたことがありました。

「何を言うか」「どう言うか」を決めたら、
その後、それを「どういう気持で言うか」がとても大切なんだな、ということです。

松本龍氏は、「どういう気持」でいたのでしょうか。「どういう気持」でいたから、あのような発言態度になったのでしょうか。
あの態度では誰もついてきませんよ。いくら正しいことを言っても、下品すぎます。
しかし、そこだけマスコミが取り上げるのも、どうかなと思うのです。

「何を言うか」「どう言うか」「どういう気持で言うか(運用するか)」
これからはこの三つを大切にしていこうと思います。

 ⇑ 「今の最後の言葉はオフレコです。書いたらその社は終わりですから」、という松本氏の発言は、それにしても酷過ぎる。

2011年7月4日月曜日

どうしても「里の秋」の話がしたいので……。

【今日の一言】
戦争に参加する理論と、原子力発電所が必要な理論がよく似ている
猪瀬直樹 『昭和16年夏の敗戦』を読むとよくわかる

猪瀬 直樹¥ 680


なぜ、『里の秋』の話がしたいのか、そこから話をします。
もともと、秋の歌なので、秋になったらこの話をブログにアップしようと思っていました。

が、NHKの朝の連続テレビ小説『おひさま』を見ていて、どうしても『里の秋』の話を、今、書きたくなりました。

『おひさま』では、先週から今週、戦争(第二次世界大戦)に出兵していた男達が、何人か帰ってきました。つまり、戦地から復員してきているわけです。
もちろん戦死してしまった人もいます。主人公の二人の兄のうち、軍人になった下のお兄さんは帰ってきましたが、医者になって軍医に行った上のお兄さんは戦死しました。

僕は、『おひさま』を見ながらも
なぜ戦争が起きてしまったメカニズム、
そして戦争に行かなければならなくなった人のこと、そして、家族を、知り合いを戦地に
出してしまった人のことをいろいろと考えていました。そして、『里の秋』のことを書きたくなったのです。
秋まで待てなくなったのです。

秋まで待てない、という気持ちの中に
戦争が起きてしまったメカニズムと原子力発電所を日本の基幹の発電システムにしようとするプロセスが
極めて似ている、ということを知った、ということもあるのですが、この話は、数日後にブログにアップします。
今回は『里の秋』の話だけです。

実は『里の秋』に関しても、以前ブログに書いたことがあります。
それに今回は、かなり手を入れて再掲載しますね。

私は、秋になると『里の秋』をよく歌います。
高校生の時の修学旅行、草津白根山をバスで走っていたときにバスガイドさんが歌ってくださり、白根山の紅葉と『里の秋』のメロディと歌詞がマッチして、素敵な思い出になりました。

そして私は、その後しばらく、『里の秋』は日本の美しい秋を歌った歌だと思っていました。

ところが真実は全く違うのです。ご存知ですか?


しずかなしずかな 里の秋
おせどに木の実の 落ちる夜は
ああ かあさんと ただ二人
栗の実にてます いろりばた ♪



これが一番の歌詞です。
かつての、日本の秋を歌った美しい歌詞ですね。
でも、ちょっとおかしいと思いませんか?
1番の歌詞にお父さんは登場しません。
「ああ かあさんと ただ二人」。
お父さんはどこへ行ったのでしょうか。


あかるいあかるい 星の空
なきなきよがもの 渡る夜は
ああ とうさんの あのえがお
栗の実たべては おもいだす ♪


2番の歌詞におとうさんが登場します。
でも、「おとうさんのあの笑顔を思い出す」という内容です。
ますますおとうさんは、どこへ行ったのでしょうか。



さよならさよなら 椰子の島
お舟にゆられて かえられる
ああ とうさんよ ご無事でと
今夜もかあさんと 祈ります ♪



「椰子の島」という歌詞がありますが、お父さんは「椰子の島」に行っていたのです。
もちろん、今のようにリゾートで行っていたわけではありません。
戦争に行っていたのです。

『里の秋』は作詞は斎藤信夫、作曲は海沼實。この歌が最初に発表されたのは、
ラジオ番組「外地引揚同胞激励の午后」。引揚援護局のあいさつの後、童謡歌手の川田正子の新曲として全国に向けて放送されたそうです。

放送直後から反響を呼び、次の年に始まったラジオ番組「復員だより」の曲として使われたのです。

「復員だより」というのは、戦地からの引き揚げ者の名前を読み上げる番組です。

家族の人たちが、戦地から帰ってくる人たちの名前の中で、お父さんが呼ばれるかどうか、必死の思いで耳を傾けた、ということです。アナウンサーの読み上げる名前に、自分のお父さんの、家族の名前を聴いたときの気持ちはいかほどのものだったでしょうか。また、今日もお父さんの名前を聞くことができなかった家族の思いは……。

『里の秋』を聴くと必ず涙を流した方は、たくさんいらっしゃいましたし、今でもいらっしゃることでしょう。

『里の秋』。この歌詞に登場した家族のうちに、お父さんは無事、帰ってくることができたのでしょうか。

世界の人々が、少しでも平和に近づけることができるよう、祈り、行動したいと強く思います。


ところで、文化人類学者の上田紀行さんが、ご自身の著書『慈悲の怒り』で
面白いご指摘をされています。
上田紀行¥ 1,050
それは、第二次世界大戦に突入した経緯と、原子力発電所が日本のメインの発電方法である、と決まっていくプロセスがとても良く似ている
ということです。が、そのことに関しては、先程も書きましたが、また、数日後に、このブログで発表したいと思います。

2011年7月3日日曜日

恒例:夏のミステリー 「宙をさまよう少年」

本日2011年7月22日 ガリガリ君梨味、最終生産日だそうです。
食べたい人は、お店に急げ!

暑い日が続きます。
今日は数年前に書いた怪談に手を加えて再掲載します。
いろんなバカのおかげで(そのバカには自分も含まれているのですが)今年は節電とか言われていますので、怪談で少しでも涼しくなりましょう。
これから、できるだけ多く怪談を書いていこうかな、暑さ対策のために、と思っています。
それでは、スタートです。


【今日の一言】
耳から離れない、あのリフレイン……(怖)


去年の夏だった。僕は、関越自動車道を東京方面に向かって車を飛ばしていた。イヤな雰囲気はあった。妙な噂も聞いていた。だから、草津にある妻の実家を夜中の24時近くに出るのは、いやだった。

噂の内容を話そう。
夜中の2時頃。昔でいえば草木も眠る丑三つ時だ。その時間に関越自動車道を走ると、出るらしい。嵐山(らんざん)から10キロメートルほど群馬寄りの、東京へ向かう上り車線だ。

少年が関越自動車道に突如現れて、時速100キロ以上で飛ばす車に負けるとも劣らないスピードで空を飛び、車を追いかけきて、恐ろしい歌を狂ったように歌い続けるというのだ。

いわゆる都市伝説のひとつか。

僕が子どもの頃、口割け女の話が噂され、ティーンエイジャーでさえ、夜中に一人でトイレに行くのは、相当怖かった。もちろん僕もその一人だった。

関越自動車道の「宙をさまよう少年」も、実態のないそのような都市伝説の一つに過ぎないと、思っていた。
なぜ、空飛ぶ少年が現れるのか、もっともらしいいくつかの説があったが、どれもあまり気分のいい説ではないので、ここでは書かない。

金曜日の会社を休み、土日とつなげて3連休にし、家族で、妻の実家の草津に行った。月曜日も有給を取っていて、4連休にするつもりが、会社の僕のチームが、月曜の朝、クライアントに呼ばれた、という連絡が入った。
いつも、こうだ。家族と楽しい時間を過ごそうとすると、仕事が入る。家族に申し訳ない、という思いで、日曜日は夜遅くまで草津で過ごした。それで出発時間が深夜になったのだ。
草津を12時に出るということは、嵐山通過は丁度2時くらいになるな、と「宙をさまよう少年」のことがチラリと頭に過ったが、バカバカしい話に行動を左右されるのは愉快ではないので、そのまま車を発信させた。

道は空いていた。前後を行く車も、すれ違う車もほとんどない。が、安全運転を心掛け、運転を続けた。日本ロマンティック街道を抜け、渋川伊香保インターから関越に入った。
さすがに深夜だ。関越に入ってもやはり車が少ない。宙をさまよう少年のことは考えずに、iPodに入っている夏にふさわしい曲を聞きながら、法定速度を守って、飛ばした。
しばらく走ると、道がほんの少し明るくなった。もうすぐ嵐山のパーキングエリアが近いのだ。時刻は丁度2時。出るとしたら、このあたりだが、特に何もなし。
嵐山を越えた。そこからの関越は、照明設備が整い、明るくなって運転がしやすくなる。
走っているのは、僕の車だけだが、実は、心の中で、ホッとした。出るわけないよな。

iPodの音楽が一回りしたので、ラジオに切り替えた。AMの深夜放送は一体どんなプログラムをやっているのだろうか。
その時である。
ラジオのチューニングが乱れ、風を切るような妙な音が聞こえてきた。
最初はラジオからと思ったが、車の左後方からも聞こえてきた。まるで何かが空を飛んでいる音にも聞こえる。確実に近づいてくる。追いついてくる。追いつかれてしまう。
ヤバい。狂ったような歌声もだんだん聞こえてきた。
車内は冷房が効いているのに、嫌な汗が出る。
アクセルを踏んだが思うほどスピードが伸びない。

来た。並んだ。僕の車の左側だ。
既に僕の心は、恐怖に支配されていた。宙をさまようだ。間違いない。左を見るな。前を見て走れ。
しかし、僕は恐怖にこらえ切れず、左を見てしまった。僕がそこで見たものは……

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空飛ぶ「ガリガリくん」だった。(この写真、その時、撮影したものです)
この時間、赤木乳業のガリガリくんのトラックが、たくさんのガリガリくんを東京に運んでるんだよね。♪ガリガリ君、ガリガリ君、ガリガリ君……